育った環境、私の場合
以前、「才能と運と努力のかけ算」という話をしました。
才能に関しては、生まれ持ったものだから自分ではどうしようもないですね。ある意味「運」でもありますよね。
その「運」ですが、どんな環境で育つかが才能を生かすも殺すもしてしまします。
私は15歳までは、「運」が強いほうだったと思います。まず、人並みよりは良い知能を持って生まれてくることができました。(自慢に聞こえた人はちょっと待ってくださいね、「運」に恵まれても「努力」しなかった末路もいずれ話しますから)
そして、その知能を満足させてくれるような題材が身の周りに溢れていました。
まず、一つ目は、ド田舎で育ったために常に自然と触れ合えたこと。田んぼや畑を見て育ち、牛を横目に自転車で山菜取りに行き、夏には裏の海で目一杯遊び、冬には一日中スキーを楽しむことができた我が故郷は、非常に恵まれた環境だったと思います。4歳になるころには、自転車の補助輪を外して乗りこなしてました。皆さんそうだと思いますが、補助輪を外すまでにはドラマがありましたよね。転んでも転んでも、ぐしゃぐしゃに泣きながら起き上がって何度も挑戦したあの日、とうとう乗れるようになったあの時の喜びは一生忘れられないものです。同じように、初めて泳げるようになった日、初めてスキーを滑れるようになった日。こういう成功体験は、勉強にも大いに役立つと思います。「危ないから」と言って何もさせないで育てられた子は、やはり勉強にも影響しているように感じます(あくまで私個人の感想です)。
二つ目は、本がたくさんあったこと。うちはさほど裕福な家ではなかったけれど、どういうわけかグリム童話全集やイソップ物語、偉人の伝記に百科事典まで奥の部屋にぎっしりと雑に置いてありました。私は外で遊ぶのも大好きでしたが、その部屋で本に没頭するのも大好きでした。自然の美しさや厳しさを毎日感じることができたおかげで、情景を思い浮かべることができたのかもしれません。
三つめは、過保護な親ではなかったこと。これが大きいです。親が忙しかったので子供に構っている時間がなかったのもありますが、「もうこんなことは一人でできるでしょう?」と言われて育てられたので、何でも自分でやる習慣がつきました。本の読み聞かせをしてもらった記憶もありません。なぜなら、3歳の時にはすでに自分で読めていたからです。私に限らず、知能が高めの子供たちは文字や数字に興味を持つのが早いそうです。そこにうちの親の忙しさとずぼらさが良いほうに作用しました。毎日本を読んであげるのが面倒くさいから字を覚えさせようとしたのです。ここでも運に恵まれました。私の家の向かいには10歳年上のとても頭の良い素敵なお姉さんが住んでいたのです。母は、そのお姉さんに、「お小遣いをあげるから(3歳の)娘に字を教えてやってくれ」と頼んでいたのです。信じられない横暴な作戦ですが、考え方を変えれば幼少期に家庭教師をつけてくれたのと同じです(笑)。そのお姉さんはとても賢い中学生だったので、楽しんでわかりやすく教えてくれました。今でもそのお姉さんには感謝しています。余談ですが、そのお姉さんの子は二人ともとても頭が良くて高学歴だと聞いています。私へ教えた経験があったから幼少期の育て方が良かったのかもしれません。もちろんとても頭の良い人でしたから遺伝だとはおもいますが。
四つ目は、文字と数に囲まれた生活環境だったこと。これは、私の実家が商売をやっていたから。今の時代にはなくなってしまった「その地域唯一の商店」です。酒、たばこ、米、塩、生鮮食品、食料品、雑貨、金物・・・さらには呉服(着物)の訪問販売まで。毎日嫌でも手伝いはさせられます。まだ三歳か四歳のころ、うちの店員さんとお客さんのやり取りを毎日見ているうちに、「お金」の役割を理解できた瞬間がありました。かなり幼かったので「言葉」で理解できてはないのですが、お客さんが店から何かを持って帰る。その時に紙とか丸いものを渡していく。店員さんは紙をもらったのに丸いものを数えて渡している。毎日そのやりとりを見ているうちに、「ああ、そうか!持っていくものによって違う紙か丸いものを渡すんだ!それが多い時は店員さんが少し返してるんだ!!」。それがわかってからというもの、どの品物にどのお金を置いていくのか興味深々になりました。
文字についても、同じような感じです。ひっきりなしに配達の電話がなって、店員さんがメモを取り、品物を用意して伝票を書いて配達に行く。幼少期から毎日配達についていってた私には、言葉や挨拶、文字を覚えることはごく自然のことでした。小学生になるとすぐに、習字とそろばんを習い始めました。美しい字を書くのは楽しかったし、店で伝票を書いていると、お客さんから「もうこんなに漢字がかけるのか」とか「うまい字だなあ」とか褒められるのが楽しかったです。レジや電卓もありましたが、暗算でおつりを渡すと驚かれたり感心されたりするのも快感でした。練習したことが、すぐに実践でつかえる環境だったことがとても幸運だったと思います。「社会勉強」という言葉がありますが、私の場合は小学生の時にはすでに「社会」の中にいたのです。
毎日、大人たちが集って話している会話からありとあらゆることを学びました。語彙、方言、ことわざ、慣用句、口癖、言い回し、などなど。お年寄りの思い出話のなかから、昔の生活を想像したり、歴史の一部を学んだり。退屈しない毎日でした。
五つ目は、年寄りに囲まれて姿勢やマナーに厳しく育てられたこと。昔の人は、「行儀」に対して厳しかったと思います。きちんと正座して食事しろとか、背筋を伸ばせとか、肘をつくなとか、箸は正しく持てとか。それに比べて現代っ子は本当に姿勢が悪い。後ろから見ていると、これじゃあ字が汚いのも勉強ができないのも当たり前だよなあと思ってしまいます。背中はぐにゃぐにゃで寝てるみたいに勉強するから筋力もないし、箸も鉛筆も持ち方が酷いから字も汚いし。長時間の勉強に耐えられる躾を受けていません。かわいそうだなと思ってしまいます。
六つ目は、小学校がとても小さかったこと。少人数の学習塾並みの教室でした。私は、数えきれないほどの期待を胸に小学校に入学したのに、実際には毎日が退屈な授業ばかりで心底失望していました。これに関しては、入学直後の知能テストで先生たちも気づいてくれていたようです。だから、私にだけ難問を出してくれたり、みんなの前で説明する機会をくれたり、教室で満足できるよう配慮してくれていたように思います。1学年14人しかいない学校だったからできたことだと思います。
こうして、勉強に関しては幸運に恵まれてきた私ですが、それと同時に人間としては最低に育っていきます(笑)。
「なんで周りの同級生はこんなに頭が悪いのか」
「一度聞いたら覚えられるようなものをなんでバカな同級生のために繰り返さなければならないのか」などなど。
それについてはまた今度。
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